別の、向こう側 〜その4〜

先日、ゆきゆきのおねいさまに地下鉄車内で遭遇。

つづき、がないねえ

という直球を投げられました。

加えて毎年恒例のトリカイ族のお祭りにて、結局何キロ歩いたのさ、とこれまた直球。

ということで、つづきです。

もう今日で本当に最後です。

かかりん夫妻のお陰で冷戦勃発をなんとか避けられた私たち。

第4CP ふれ愛の里、スタート地点より54.7km。

最低でも50キロ、の目標は達成されたわけです。

豚汁やおにぎりを、もうどうやって食べたのかすらわかりません。

蛍光灯が苦手な私にとって、テント内の青白い光いが目に突き刺さるようです。

ふとゆきゆきのほうを見ると、顔の色が明らかにおかしい。

黒目がちな、いつもの上目遣いが、三白眼になりやしないかとハラハラします。

耳をつんざく、沈黙。

ああ、きっともうゆきゆきの頭の中には、熱いお風呂とふかふかのお布団のことしかないのでしょう。

空腹でも眠かったというのに、豚汁3杯、おにぎり4つのあとでは無理もありません。

人生、楽なほうに、低きほうにと流れまくってきた乱子です。

ゆきゆきがリタイヤのリの字を口にしたとたん、同意するのは必須。

ここはひとつ、先手を打って出発宣言をしてしまおう、とあまりよく働いていない頭で考えます。

私、次のCPまでがんばるわ

空元気で言い放ったそのときのゆきゆきの顔を、皆さんにも見せて差し上げたかった。

Et tu, Brute?

私は見た事がありませんが、きっとガイウスユリウスカエサルはこんな表情だったのでしょう。

そして次の瞬間、不満まんまんの声で

ほんとにぃ?

と返してきます。

もう、ゆきゆきの目を見る事はできませんでした。

見たら、呑まれる

リタイヤの魔法にかけられないよう、私も必死で目をそらしながら頷きます。

目をそらしながら、きっと負けず嫌いのゆきゆきのこと、ここでリタイヤするとは言えまい・・・

と密かに思っておりました。

案の定、渋柿を食んだような顔で、

次まででやめる

と呪文のようにつぶやきました。

重い腰をあげ、トイレを済ませておこうと屋内に入ります。

用を足して洗面台で夜間歩行の装備を整えていたそのとき、隣のゆきゆきが叫びました。

私、死んじゃうかもぅぅぅぅぅぅぅぅぅ

見ればさっきだっておかしかったゆきゆきの顔色が、もうとんでもないことになっていました。

色素欠乏突然変異級です。

さすがの私もとっさに

やめなよ、もうやめなよ

と叫んでいました。

かくしてトイレから出た私は、ひとりぼっちでの再出発をすることにあいなりました。

お外はまっくら、そのまっくらっぷりが半端じゃありません。
前を歩いてくれる人もおらず大変に心細いのはもちろんですが、果たして正規ルートなるものを私がきちんと把握できるのだろうかという不安がありました。

私を車で送ってくれたことのある方々はよくご存知かと思うのですが、私はびっくりするくらいの方向音痴、道路知らずの地図音痴。

札幌ですら迷い気味だというのに、ここは滝川の真夜中です。

それでも途中まではさっき来た道を戻るだけ。

悪いことは考えないようにして、ひたすら歩き続けます。

アザラシ橋のアザラシ像が、布団に横になってむふむふと美顔パックなぞをしているゆきゆきの姿と重なります。

6月半ばとはいえまだまだ夜は冷える北の大地。

こころなしか、霧が出てきているようにも思えてなりません。

第4CPから第5CPまでには、全部で3つの大きな橋を渡ります。

真夜中だというのに、眼下の川岸の森では、狂ったように鳥たちがさえずっているのです。

オレンジ色の街路灯は、乱子だけでなく鳥たちをも狂わせるのでしょうか。

昼間見た川とは一転して真っ黒で霧を孕んだおどろおどろしい様子。

ちょっと怖いな、と思うのはほんの束の間、あとはものすごい眠気が襲います。

ゆきゆきから、

リタイヤして帰ってきた時にお布団がなければ、一緒に寝よう

という心優しいメールが届きます。

人生でこの日ほどお布団を切望した日はありません。

昼間は景色を眺めることで誤摩化せた退屈さも、闇の中では無理というものです。

と、携帯が鳴りました。

ロクオンジでした。

ひとりになった

と報告すると、じゃあ後ろから車で追いつくから

と励ましてくれました。

ほどなくして、長い長い橋の上、本当にロクオンジがやってきます。

ゆっくり、ゆっくりと私に合わせて並走しながら

とびっきりの明るさで私を励ましてくれます。

ロクオンジだって、この大会は一睡もせずにサポーターとして働くというのに、なんという優しさ、なんというあっぱれぶり。

乱ちゃん、僕はこうして約束守ったから、つぎは乱ちゃんが守る番〜

と恐ろしい一言を残し、ロクオンジは去って行きました。

橋はまだまだ終わりません。

やっと渡ったと思ったら、また同じような巨大な橋の入り口なのです。

もしかしたら、同じ橋を何度も渡っていたのかもしれません。

眠い寒い痛い

せっかくのロクオンジの励ましもむなしく、私の気持ちはやさぐれていきます。

眠い寒い痛い

と、斜め向かいの歩道に光る2つの目が浮かびました。

きつねかたぬきでしょう。

でもそれが、まるで動く歩道を滑って行くかのようになめらかにこちらへ向かってくるのです。

すごいなあ、流れるように、走るなあ

通り過ぎるきつねかたぬきを名残惜しく見つめ、ふと視線をもどしたそのとき。

何車線もの道路をふさぐ勢いの巨大な船が運ばれて行きました。

おっきな、おふねが 流れて行くなあ もっとちかくで見たいなあ

そう思いながらも、極限状態で狂言のすり足みたいな私に追いつく筈がありません。

おふねー ああ、おふねがいっちゃうー まってー

気持ちだけは急いています。

そしてとうとう、おふねは深い霧の中へ消えて行きました。

おっきなお船のお陰で少し華やいだ気分もまた下がり、ただただ橋の終わりだけを願います。

普段は夜9時を過ぎればもう眠い乱子です。

すでに日付を越え、限界を超えています。

狂言のすり足でなんとか前に進む中、突然、左即頭骨の辺りに強い痛みが走りました。

御所車乱子、いろんな意味で奇跡の人です。

おっきなお船を見たせいでしょうか、船をこぎながら歩いていたのです。

頭の振り幅がマックスに達したのと、よろめいて夜中走る輸送トラックにで轢かれやしないかとビビって思い切り橋の側に寄って歩いていたこともあいまって見事、欄干に頭をぶつけたのです。

チビでよかった

もし私がのっぽさんだったら、船の漕ぎ加減いかんでは欄干を越え、まっさかさまだったかもしれません。

時計を見れば、午前1時を過ぎています。

だめだ、もうやめよう

このままでは、別の向こう側へと旅立ってしまいそうです。

CP以外の場所でのたれ死ねば、皆様に迷惑がかかります。

やがてローソン前のテントの光が見えてきたころ、足取りも軽く主催者である社長が私を追い抜いて行きました。

周りにはテレビカメラ。まぶしい照明の中に浮かび上がる社長。

逃げるように暗闇の中停車している回収バン(別名ドナドナ号)へ向かい、リタイヤ宣言をする私。

第5CP 啓南団地ローソン スタート地点より63.4km。

御所車乱子、リタイヤです。

午前8時にスタートし、翌日午前1時20分までのウォーキング、およそ10万8千歩でした。

リタイヤ時、かかりんへ送ったメールはこのとおり

「えらーい!私は歩きながら意識と人日で、橋の欄干に頭ぶつけたよー」

変換が疲れ過ぎ、と言われました。。

ふれあいの里のコテージに着くと、一緒に寝ようね、などとメールしてきたゆきゆきが、大の字で寝ています。

幸いとなりのお布団が空いていました。

最後の力をふりしぼって、スパッツを脱ぎます。

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すっかり冷えた身体を、熱いシャワーでほぐしたかったのですが、どんなに蛇口をひねっても熱湯かきんきんの水しか出ません。

あぢー!づめでー!

と夜中の風呂場でひとり、足の甲を交互に上げ下げしている己の姿には、今思い出しても涙を抑えられません。

後で聞けば、私の後に入浴した方は適温でシャワーを浴びる事ができたそうです。

お布団に入る前、ロクオンジに電話をしようか迷いましたが、迷っている0.5秒ほどの間に意識を失ったのでした。

翌朝。

まるで昨夜の私たちを彷彿とさせるようなはハエが窓際に転がっています。

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ゆきゆきが私の寝間着姿を見て、なにやらひとりで納得顔でいるので問いただせば、

夜中にふと目を開けてとなりを見た時に、げんぞうが私のバッグを着て寝ている 寒かったのね

と思った記憶が残っていたとのこと。

ゆきゆきのバッグ。

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ゆきゆきのバッグと私の寝間着。

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さて、案の定ふたりの携帯電話にはロクオンジからの着信履歴が残っていました。

約束を守ったロクオンジ、守れなかった乱子。

私をひとりぼっちにしたお仕置きとして、ロクオンジへはゆきゆきから電話をかけてもらいました。

ロクオンジとの電話番号交換がなければ、ゆきゆき無しのひとり歩きなどしようという気も起きなかったはず。

昨年の、文句や泣き言三昧だった私たちの変わった姿を見ていただきたかったのですが、あのまま無理をして歩いていたらお見せできたのは変わり果てた姿だったかもしれません。

さて。

朝寝朝酒朝湯が大好きな私はゆきゆきを誘って温泉に向かうと、のれんのあたりが暗い。

浴場はこちら、という看板の→の先には、どうも昨年とは違う浴室がありそうですがとりあえずドアを開けました。

目の前には、お風呂上がりの男性がきょとんとしてこちらを見つめています。

見つめ返す、私。

そのまま会釈して奥へ入ろうとすると

ここは男性のほうですよ!

と注意されました。

どうやら、やはりあの暗かったのれんの奥で間違いなかったようです。

危ないところです。

すっぽんぽんになって浴室の扉を開ける前に男性に鉢合わせておいて良かった。

日頃の行いが良いからだわ、と正しいほうの脱衣所ですっぽんぽんになったところで、お掃除係の女性スタッフが

きょとんとしてこちらを見ています。

すっぽんぽんで、見つめ返す私。

この時間は、まだ開いてませんよ!

と注意されました。

温泉はおあずけです。

しぶしぶコテージに戻ると、玄関に置いてあったはずの2人のリュックがなくなっていました。

青ざめる、2人。

あわてて、スタッフの青年に問い合わせます。

どこか荷物置き場にまとめられたのかもしれない、そう考えて、自分たちでも昨日の朝に預けた場所を見てみたりします。

ありません。

もう一度コテージに戻り、今度は部屋の中までチェックします。

部屋には今朝いたリタイヤメンバーとは別の顔ぶれが談笑していました。

やはりリュックはありません。

さきほどのスタッフを待つため、管理コテージへ戻ります。

荷物移動をすることはないそうです という報告を受け、私たちの顔が曇りました。

と、何やらいやな予感がした私はゆきゆきに

ねえ、コテージって一番奥じゃなかった?

とふってみました。

えっ?そうだった?

と答えるゆきゆきの目が泳ぎだしました。

まさかと思いながらもさきほどからここだと信じて疑わなかったコテージを通り過ぎ、一番奥のコテージのドアを開けると、

リュックが2つ、おとなしく主を待っていました。

日頃の行いが良いからでしょう。

温泉施設入り口で直売していた米や野菜を大喜びで買いまくる余裕があるならば、
自分たちの宿泊したコテージの場所くらい指差し確認しておくべきでした。

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いよいよ待ちに待った昼食会。

ここは完歩した人間のみが堂々とビールで乾杯ができる場所です。

私たちはひっそりと奥の席を確保します。

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昨年同様、お弁当は美味でした。

半分ほど食べ終えた時、ゆきゆきが深刻な面持ちで言ってきました。

ねえ、ごはんって入ってた?

あなたがさっきほおばっていた一口オムライスと、その横にあった赤飯がごはんです

あまりの驚きにそう心の中でつぶやくのがやっとでした。

見るとゆきゆきのおかずがまだ残っています。

私はご飯無しのおかずから食いを常としていますが、ゆきゆきは違います。

慈悲深い私は残っていたお赤飯を差し出しました。わたしは卯年。今昔物語にもあるように、火の中に身を投じてお腹を空かせた老人に自分の肉を捧げたのがウサギです。

この老人が実は帝釈天で、この捨て身行為を褒められて月に送られたウサギがお月様の中に見えるのだそうです。
道理で地球人離れしてるね、と言われる乱子です。

満面の笑みの彼女を見ると、この人の前世はなんだったのだろう、と考えずにはいられません。

そういえば昨年は、この昼食会の前にもタコザンギとソフトクリームをたいらげていたはずです。

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完歩はできなかったけど、完食はできたわ

ゆきゆきが言いました。

まるで普段は完食なんてしたことがない小食な女子ぶった発言です。

アレな私たちがこんな風だった頃、お外は朝から土砂降りでした。

土砂降りの中、完歩(3連覇)して戻ってきたかかりん夫妻と再会を喜び合い、ロクオンジとも来年また会う約束を交わしました。

(完)



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